「クモの糸」の約束|エッセイ(Hikari)+楽曲「バトン」(Mitsuru)

 「クモの糸」の約束

  我が家には幼稚園に通う二人の子どもがいる。

 夜、彼らが眠る前の日課といえば、布団の中で親に絵本を読み聞かせしてもらうことだ。

 最近、芥川龍之介の短編小説「蜘蛛の糸」を子ども向けにリライトした絵本が手に入ったので、教養になることを願い、読み聞かせてみることにした。芥川作品のなかでも起承転結がしっかりしており、子どもにも分かりやすいだろう、と思っていたのだ。

 ところが、読み進めていくうちに、絵本の「クモの糸」が、子ども視点では思いの外恐ろしい話であることに気がついた。

 主人公のカンダタは、大悪人として地獄に堕ちているが、生前に一つだけ、蜘蛛を殺さずに助けたという善行があった。そのため、不憫に思ったお釈迦さまが「クモの糸」を垂らし、カンダタを救おうとするのだ。カンダタはしめしめと、「クモの糸」を上り始める。

 ところが、あと少しで地獄から抜け出せる、というところで下を振り返ると、地獄の亡者たちが「クモの糸」を上って来ている。その光景を目の当たりにしたカンダタが、「こら、これは俺さまの糸だぞ、おりろ!」と言ったところ、プツンと糸は切れ、ふたたび地獄に真っ逆さま。

 自分だけが助かろうと思ってエゴイズムを出した途端、救いの糸は切れてしまう、というなんとも恐ろしい教訓を含んでいるのだ。

 真っ赤な血の池地獄や針の山地獄の挿絵を目にした子どもたちは、驚きと恐怖を隠せず、顔を歪めていた。それでも、食い入るように絵本を眺め、素朴な疑問を投げかけて来た。

「ママ、この人は悪い事したから地獄に堕ちちゃったの?」

 そこで私は、子どもたちに分かるように、カンダタの問題点を伝えてみた。

「自分さえよければ、周りの人はどうなってもいい、っていう気持ちでいる人は、地獄に堕ちちゃうんだって。みんなは大丈夫かな?」

 すると、驚くべきことに、彼らはみるみるうちに表情を変え、わんわんと泣き始めた。

「僕、地獄堕ちちゃう!」

「私も、地獄だ。いやだよ、こわいよお」

 詳しく聞いてみると、どうやら自分たちの所業を思い出したとのこと。お友達と遊ぶときにおもちゃの貸し渋りをしたり、自分が一番にお菓子を食べたりしているという。

 そんなことで……と大人の私はクスリと笑ってしまいたくなるが、当の本人たちは、自己中心的であるがゆえに地獄行きであると感じ、歎き悲しんでいるのであった。

 彼らの涙を止めるため、私は視点を変えてみることにした。

「自分さえ良ければいい、という思いがあることに気づけたのは素晴らしいことだね。これからは、自分のことだけじゃなくて、お友達の気持ちも考えられるかな?」

 すると、息子から意外な答えが返ってきた。

「うん。ママ、自分さえ良ければいい、って思わないようにするから、天国で会おうね、約束だよ。ママも地獄堕ちちゃだめだよ」

 目に大きな涙を溜めながら、大真面目に約束を迫る我が子がとても愛しい。

「分かった。ママもみんなも、自分さえ良ければ、って思わないようにして、地獄じゃなくて天国で会おうね、約束だよ。それから、天国に行くよりも前に、今の生活のなかでも、周りのみんなのことを考えられる子になろうね」

「うん、天国で会う約束のために、今もがんばる!」

 こうして、生まれて数年しか経っていない子どもたちと私は、善行を積んで、死後に天国で再会することを約束したのだった。

 文豪の短編小説、恐るべし。

(Hikari)

「バトン」(Mitsuruオリジナル曲)

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